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銅版画作品が売れたことと「気づき」
最近吹っ切れたことが一つあります。それは、版画制作のことです。今年に入って、暫くぶりにまた銅版画制作をしていた時は、「売れるような版画を制作しなければ、何枚も作れる版画の意味がない。どういう版画を制作したら良いのだろう?」と考えていたのです。しかし、ある瞬間に全く考え方が変わりました。きっかけは、瑛九の銅版画作品が、「素晴らしいのに売れない」という某画廊オーナーの書いているブログ記事だったと思います。人のことから気づくことがあるものです。
実は、私は結構、瑛九の作品を高く評価しているし、制作や活動に興味を持って来ました。しかし、全然世の中には、あまり知り渡っていなくて、でもたくさんの銅版画が美術館に所蔵されているのです。しかし、その作品を買いたいと思ったことは一度もありません。あちこちで売られていることを知っていて、結構買いやすい値段なのにです。この矛盾は、しかし私自身もこの作家に結構影響を受けているかも知れないと最近気づきました。
瑛九は、ダダイズムの影響も受けている人で、フォト作品もあったり、点描の抽象画があったり、そしてジャクソン・ポロックの初期作品を彷彿するようなシュールな銅版画作品がたくさん残されています。どれも他の日本人作家に類例がないような先駆的な作品ばかりです。でも、これは画廊で売る作品ではないと私は感じてしまうのです。心から純粋な動機でアート制作をした作家で、銅版画でさえ、そういう側面でしか制作していないと感じます。
きっと、竹下夢二とかレオナルド・藤田みたいな作家がすでに人に知られていて、そういう活動は自分はしなくて良いと決めていたかのようです。あるいは、これは私の思いつきの直感ですが、瑛九は、作品が売れるのは申し訳ないという、ちょっと自分を卑下している感じ方が作品にあるように感じ取れるのです。それは良い意味で謙虚で、ある意味気高い(プライドが高すぎて自分を卑下する人がいるものだからです)。だから美術館に展示するにふさわしい雰囲気があるのだと思います。
その瑛九の純粋さを尊びながらも、私はむしろ、そこまで純粋ではないかも知れないと気づけました。そして夭折だった彼よりもずっと長生きするかも知れないので、もっと色々な自分の可能性を許した方が、人生が面白くなると思っているところがあります。
そして、瑛九を見て、「私が何でも出来る人間を示す必要はない。」とも気づけたのでした。「版画は、すでに素晴らしい版画がこんなにたくさんあるのだから、私は、私にしか出来ないことをすればよいし、そんなにことさら思い詰めて版画制作しなくても、もっとおおらかに、マイペースに、自分がしたい時にできることで十分幸せ」と思えるようになったのです。
諦めでもなく、いい加減でもなく、心から納得して、「何だ、そうじゃない!私はいつでも、ただただその時これをしてみよう」というごくシンプルな気持ちで制作して来たのです。ですからそこに、何かとてつもなく理屈にあったコンセプトとか、販売戦略とか、優れた能力やスキルがあってそれにのっとって制作して来たわけではないのです。
そのような漠然とした感覚的な制作活動でありながらも、ここまでやって来れたのです。
そして、私の版画制作も結局のところ、どうしても私が制作したいことというのは、販売しやすい作品ではなくて、絵画作品同様に「一般的には一見売れそうにも、評価されそうにもないように思われる作品」なのです。それにもかかわらず、私の絵画やドローイングに興味を持つ人と奇跡のようにして出逢いながら、これまでにもう500点以上は売っています。
これはどういうことかというと、「売れそうにないこと」でも本気で、人生を賭けて、そして自分自身がまず「面白い」「重要なことだ」という気持ちで、自信を持ってやり続けているからです。その勇気と度胸だけは、私はピカイチだと自負しています。
普通は、評価されなかったり、作品があまり売れなかったら、そこでたいていはやめると思います。でも私は、「やめません」なぜなら、どうしても制作したいという気持ちがあり、なぜか制作生活が続けられるからです。
さらに、気づいたことは、それだけではありません。私の気持ちの中に、作品が大ブレークするとか、たくさんの人に知られるようになるとか、作品が高額になるということを全然希望していないことにも気づきました。なぜなら、「そうなってしまうと、逆に制作する時にプレッシャーを感じて、思うような制作ができなくなるかも知れない」という恐れや不安があることも自覚しています。
ですから、今まさに過去のこれまでの私の希望通りが実現している状態だったのでした(苦笑)
でもそれは、ちょっと違うなとも気づけたのです。それは全く単純すぎるものの見方だからです。人生は人智を超えたような摩訶不思議なことを用意してくれるので、そうとは言い切れないのです。もっと余裕を持つようになって、遠い外国で制作することだってできるかも知れないのです。
勘違いや思い違いの誤った壁を、自分で設定してしまうのはもったいないことです。
ただただ自分がどうしてもしたいということを、自分自ら許し、認め、励まし、自信を持つことが、自分をより良い人生にシフトするコツです。
「どうしてもしたい」という気持ちに、少しでも観念的な不安や恐れやなどの負の感情があれば、それは最初から思うようにうまくいかないものです。うまく行っていることがあるのであれば、それが「やっていいよ!」のサインです。それをとことん大切にすることが、自分だけでなく周りの人々にも良い影響があることになって行きます。
私は、「私らしくあればそれで良い」「考え違いもある未熟な私であるけれど、少しづつ色々なことに気づきながら前進すること自体が楽しい。」
そういう気持ちになって暫くして、銅版画「Butterfly Effect」は、売れたのでした。
全ては、自分の意識次第なのだと、改めて感じ入った経験になりました。
追伸:
瑛九の作品よりも、もっと売ることが難しそうな作品が売れたこと自体が、奇跡としか言いようがありません。この「Butterfly Effect」はまさに奇跡が奇跡でも何でもない科学的な根拠のあることを教えるタイトルでもあります。
Butterfly Effect
(地球の裏側の蝶)
2019
メゾチント
ed.5
画:32.5x23.5cm
紙:38.8x26.7cm
販売詳細:
https://kawadayuko.jp/atelier-gallery/product/butterflyeffect/
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